医学用語の話(1)・・・ヘリコプターと胃潰瘍

横文字で書かれた診療記録と悪戦苦闘している診療情報管理士の方も多いでしょう。しかしこれは医師の卵にとっても同じなのです。北杜夫の「どくとるマンボウ青春記」に「ムスクルス・ステルノクライドマストイデウス(Musculus sternocleidomastoideus)」という寿限無(じゅげむ)のような筋肉の話が出てきます。医学用語(外国語)を覚えるのは我々日本人にとって容易なことではありません。訳語は「胸鎖乳突筋」なのですが、これを丸覚えするのは苦痛ですし、多分すぐ忘れてしまいます。なにかよい方法はないものでしょうか?

日本語(漢字)では、無効や不成功など「無」や「不」がつけば否定になることを知っており、初めて見る言葉でも意味を推測することができます。「××法」とあれば、何かの術式、方法だなと見当がつきますよね。横文字の医学用語でも、いくつかの意味を持った部分からの合成語が多く、それぞれの意味がわかると寿限無のような用語が意味を持って見えてくるようになるでしょう。

さて、冒頭のヘリコプターです。胃潰瘍の犯人、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)との関連を思い浮かべた方も多いと思いますが、その関連が何かおわかりですか。実はhelico-とは「らせん」という意味です。そして、pter-は「羽根」いう意味です。ヘリコプターは翼を回して垂直に螺旋状に昇っていくので納得です。話はそれますが、羽の生えた恐竜(翼竜)はプテラノドン(Pteranodon)です。なるほど。

では、Helicobacterは?そう、この細菌(bacteria)はらせん状をしているのです。そしてpyloriはというと、幽門(pylorus)の語尾変化です。つまりHelicobacter pyloriとは幽門らせん菌という意味なのです。

医学用語については、カタカナでは見えてこないこと、原語の綴りで初めて判ることがたくさんあります。細菌の名前も、物質の名前も、病気も処置も、ぜひ原語の綴りになじんでください。英語が苦手でも構いません。ほとんどは本来英語でなくラテン語かギリシア語に由来しているので、医者の卵とスタートラインは同じです。

さて、冒頭の胸鎖乳突筋の意味です。私たちが顔を横に向けると、耳の後ろとのどの下をつなぐ筋肉が浮いて見えます。これが胸骨(sternum)・鎖骨(clavicle)と耳の後ろの乳様突起(mastoid process)を結ぶ筋肉です。Musculusはラテン語の筋肉(英語ではmuscle)で、修飾語は後ろに来ますから、それぞれをつないで(語尾変化はあります)「sterno-cleido-mastoideus=胸鎖乳突筋」、なんのことはない、阿呆らしいくらいの直訳でした。

(福)小倉新栄会 新栄会病院 顧問
三木 幸一郎